アームス入社3年徳丸です。
この訪問介護という仕事はしていましたが、
考え方、見方が変わってきたきっかけになった
少女との出会いのお話です。
ーー女王様Rちゃんと私の物語ーー
◆ 第1章:静かな対面、そして不安
初めてRちゃんのもとを訪問した日、
部屋の中はしんと静まり返っていました。
テレビもついておらず、
外の音さえ遠く感じる、
ふたりだけの空間。
私は、少し緊張しながら声をかけます。
「こんにちは、今日もよろしくね」
でも、返ってくるのは意味のわからない声と、
さまざまに変化するトーン。
え、今のは怒ってる?
それとも呼ばれてる?
いや、笑ってる…?
読めない。全然読めない。
鼻には経管栄養のチューブ。
事前に資料を読み、
喀痰吸引等研修(第2号)も修了し、
実地研修も終えた私。
「これで大丈夫」と
思っていたはずなのに……。
目の前のRちゃんは、
そんな自信をあっという間に吹き飛ばしてくれる存在でした。
どうしていいかわからない。
この沈黙が怖くて、
声をかけるたびに不安だけが膨らんでいく——
もう、心の中では「わたし無理かもしれない!」と
半泣き状態でした。
⸻
◆ 第2章:突然の高笑い
そんなとき、Rちゃんが、ふいに——
大笑いしたんです。
えっ? 今、笑ったよね?
誰もいない部屋で、
ただ必死にしゃべっている私を見て…
「クックック……おもしろいわねぇ」って
顔にしか見えない!
まるで「あなたのドギマギ、ぜ〜んぶ見てたわよ」
とでも言うかのような、その笑い。
いや、たぶん本当に見透かされてたんだと思う。
でもその瞬間、
なんだか全ての緊張がふわっとほどけて、
「なんだ、私、変に気張ってたな」と
気づいたんです。
技術やマニュアルにばかり頼ろうとしてた。
でも、目の前にいるのは“人”なんだ。
Rちゃんの笑いは、
そんな大事なことを教えてくれた気がしました。
⸻
◆ 第3章:あなたが主役、私は忠実なる従者
そこから、私とRちゃんの“関係性”がはじまりました。
私が話すと、Rちゃんはそれに呼応するように、
声のトーンを変えて返してくれます。
ご機嫌な日は、
どこか高貴な響きのある声で
「アーーッ!!」とご発声。
気が乗らない日は、
目も合わせてくれず、
鼻でフンッ。
……うん、女王様です、完全に。
でも不思議なことに、
私が本音をぽろっともらすと、
Rちゃんの声がふっと柔らかくなることがあるんです。
まるで「よしよし、よく頑張ってるじゃない」
って言ってくれてるような。
喀痰吸引のケアをするたびに、
最初は毎回ドキドキでした。
「今はタイミング合ってる?」
「嫌がってない?」
技術的には問題なくできている。
でも、Rちゃんの表情や反応がOKをくれないと、
自信が持てなくて。
それでも少しずつ、
Rちゃんの“間”や“気配”を読めるようになっていくと、
ケアも自然と落ち着いて行えるようになりました。
……もちろん、見透かされながら、ですけど(笑)
⸻
◆ 第4章:言葉がなくても、通じること
気づけば、
私はRちゃんの“声”にものすごく敏感になっていました。
声の高さ
スピード
間の取り方
まぶたの動き……
ちょっとした変化にも反応して、
「今日はご機嫌いいかも」と思ったり。
そして私のほうも、話しかけ方を工夫するようになりました。
「今日、道に迷っちゃってさ」
「この前、パン屋でね」
内容はたいして重要じゃなくても、
Rちゃんが反応してくれることがうれしくて。
言葉は通じてないかもしれない。
でも確かに、
会話をしている実感がありました。
⸻
◆ 最終章:女王様は、思い出の中で微笑む
今はもう訪問していないけれど、
Rちゃんとの日々は、
私の記憶の中にしっかり残っています。
あの堂々とした姿
ちょっと小悪魔的な笑い方。
「また来たの?」
って言いたげな視線のあと、
ちらっと見せる笑顔。
言葉がなくても、たしかに会話をしていた。
むしろ、言葉がなかったからこそ通じ合えた時間だったのかもしれません。
振り返れば、
あの喀痰吸引2号の研修を受けたときも、
私はずっと不安でした。
医療的ケアなんて、自分にできるの?と
悩みながらのスタート。
でも、Rちゃんという“女王様”に仕える中で、
私は知らず知らずのうちに
ケアの意味と、
相手との向き合い方を学ばせてもらっていたのかもしれません。
あの頃の私は、Rちゃんに翻弄されながらも、
いつの間にか心を奪われていました。
女王様…いや、師匠?
今も、私の思い出の王国で、気高く微笑んでいます。