計画書には書けない、大切なこと
~利用者さんが教えてくださった介護の本質~
こんにちは 徳丸です。
介護計画書には、
その方に必要な支援内容が書かれています。
食事介助、
着替え、
排泄介助、
見守り……などなど
介護をする上で欠かせない、
大切な道しるべです。
でも、長いことこの仕事を続けてきて思うことがあります。
本当に大切なことほど、
計画書には書ききれない。
私は若い頃、子育てをしていました。
まだ小さな我が子が具合を悪くした日。
どうしてあげたらいいのか分からず、
ただ抱きしめながら、
一緒に泣きたくなったことが何度かあります。
母親なのに何もできない。
そんな自分が情けなく思えました。
でも今なら分かります。
あの時間が、
私を母親に育ててくれていたのだと。
泣き方の違い。
抱っこした時の身体の力。
いつもと違う表情。
言葉にならない小さなサインを、
子どもは毎日教えてくれていました。
そして介護の仕事に就いてから、
その経験が重なりました。
話すことのできない利用者さんも、
「今日はこの姿勢が楽です。」
「もう少しゆっくりお願いします。」
とは言えません。
だから私は、表情を見ました。
呼吸を見ました。
身体の力の入り方を見ました。
「この角度かな。」
「一口が大きかったかな。」
「腕はもう少しゆっくり動かした方が楽かな。」
そんな小さな仮説を立てては試し、また修正する。
その繰り返しでした。
そして、安心したように身を任せてくださったり、
ふっと笑顔を見せてくださったりした時、
私は気づきました。
利用者さんは、
私に介護技術を教えてくださっているのではない。
人を理解しようとする姿勢を教えてくださっているのだ。
計画書には「食事介助」と書けます。
でも、「その人が安心できるスプーンの運び方」
までは書けません。
計画書には「更衣介助」と書けます。
でも、「その人が痛みを感じない手の添え方」
までは書けません。
それは、その人と向き合い、
その人から教えていただくことでしか身につかないものです。
だから私は、後に続く人たちに
技術だけを伝えたいとは思っていません。
「利用者さんをよく見てください。」
「分からない時は、その人が先生だと思ってください。」
そう伝えたいのです。
介護は、支える仕事です。
でも同時に、
支える私たち自身が育てられる仕事でもあります。
長い間、私は利用者さんを支えてきたつもりでした。
けれど振り返ると、
育ててもらっていたのは私の方でした。
今日もまた、
一人の利用者さんとの出会いが、
新しいことを教えてくださいます。
だから私は、
これからも「できる介護者」を目指すのではなく、
学び続ける介護者でありたいと思っています。

