「ちゃんとして見えなきゃ」を
脱いでみたら、少しラクになった話
こんにちは、徳丸です。
サ責になり始めた頃の私は、
とにかく
「ちゃんとして見えなきゃ」
で頭がいっぱいでした。
利用者さん、
ご家族、
ヘルパーさん、
会社、
行政……
色んな方向を見ながら動く仕事だから、
間違えちゃいけない。
頼りなく見えちゃいけない。
感情を出しすぎちゃいけない。
そんなふうに、
いつも気を張っていた気がします。
知らないうちに “鎧” を着ていた
今思うと、
あの頃の私は、
ずっと鎧を着ていました。
ちゃんとしたサ責の鎧。
でも多分、
最初は必要だったんですよね。
責任もあるし、
分からないことも多いし、
周りからどう見られているかも気になる。
「しっかりしなきゃ」
って思うのは、
当たり前だったんだと思います。
だから、
あの頃の自分を、
今はあまり否定したくないんです。
必死だったんですよね。
頑張れば頑張るほど、苦しくなる不思議
でも不思議なもので、
ちゃんとしよう、
ちゃんとしよう、
って頑張るほど、
心がカチカチになっていきました。
利用者さんの何気ない一言を引きずったり、
小さな失敗で落ち込んだり。
「まだまだだなぁ」
って、
帰りの車で反省会。笑
今なら分かるんです。
あの頃の私は、
“変わろう”
としすぎていたんだなって。
「あー今日ちょっと疲れてる」でいい
最近知った、
“変容の逆説的理論”
という考え方があります。
難しい名前だけど、
中身はすごくシンプル。
人は、無理に変わろうとするより、
「今こんな感じなんだな」
と認めた時に、
自然に変わっていく
という考え方です。
これを聞いた時、
「あー分かるなぁ」
って思いました。
昔の私は、
疲れてても
「大丈夫です」
余裕なくても
「平気です」
って顔してた気がします。笑
でも最近は、
「あー今日ちょっと疲れてる」
「今ちょっと余裕ないな」
「普通に傷ついてたわ」
って、
前より認められるようになりました。
すると不思議と、
その方がラクなんです。
“どう見られるか” より、“今日はこんな自分か”
若い頃は、
「どう見られるか」
ばかり気にしていました。
でも今は少しだけ、
「今日はこんな自分か」
って戻って来れるようになった気がします。
イラッとする日もあるし、
落ち込む日もある。
でも、
そんな自分を前ほど責めなくなりました。
ゆるっと戻って来れれば、それでいい
昔は、
心を整えるって、
“乱れないこと”
だと思っていました。
でも今は、
乱れても、
戻って来れればいい
そんな感じです。
時を過ぎて思うのは、
強さって、
ずっと気を張ることじゃなくて、
「まぁ今日はこんな日か」
って、
自分に言ってあげられることなのかもしれません。
だから今日も、
完璧を目指すというより、
コーヒー飲みながら、
ゆるっと。
小さい “ちーん” を挟みながら。笑
ぼちぼちやっていこうと思います🍀

