ヤダで成り立つ会話
ご無沙汰しております
徳丸です。
N君は、言葉での会話ができません。
でも、ひとつだけはっきりしていることがあります。
「ヤダ」
これはもう、驚くくらい分かりやすい。
タイミングが違うとき、
気分じゃないとき、
遠慮なく、
しっかり「ヤダ」と教えてくれます。
なので私は、よく話しかけます。
「これやる?」
「今いける?」
そして少し待つ。
返ってくるのは、
「ヤダ」か、
“ヤダじゃない”か。
なんだか、とてもシンプルな会話です。
不思議なもので、
「ヤダ」が出ないときは、
なんとなく“いいよ”に聞こえてきます。
かなりざっくりしていますが、
今のところ、
このやり方でちゃんと通じている気がします。
……たぶん。
リフトを使って、ゆっくりお風呂へ。
体には緊張があるけれど、
水は嫌いじゃないどころか、
顔にかけるとキャーキャー喜んでる…
最初に見たときは、思わず心の中で
「そこ、笑うところ?」と
軽くツッコミを入れましたが、
でもN君にとっては、どうやら楽しいらしい。
お湯の音や、水の感触。
上下するリフトや
ちょっとしたハプニングも、
どこか“アトラクション”みたいに受け取っているように見えます。
さて、お風呂のあとのお楽しみ。
カフェオレです。
これはもう、分かりやすく“大好き”。
「これにする?」と聞けば、
基本「ヤダ」は出ません。
順調にいくはずの、癒しの時間。
――のはずが。
その日は、なぜか進まない。
口にはするけれど、止まる。
もう一口いくかと思いきや、また止まる。
「……あれ?」
温度?
タイミング?
それとも、まさかの“今日は気分じゃない”?
珍しく、カフェオレに“ヤダ”の気配です。
これはちょっとした事件です。
しばらく様子を見ていて、ふと気づきました。
「あ…やってない」
ひとつ、大事なことを忘れていました。
N君の大好きな、音の出るおもちゃ。
いつもは右手のあたりにそっとセットしているのに、
その日は、それをすっかり忘れていたんです。
慌てて、いつもの場所へ。
すると――
ニコッ。
「あ、そこ!?」
と思うくらい、分かりやすい笑顔。
そしてそのまま、至福の笑みを浮かべ
カフェオレを飲み始めました。
どうやらN君にとっての“カフェオレタイム”は、
カフェオレだけでは完成しないようです。
右手におもちゃがあって、
音があって、
安心できる位置にそれがあって、
そういういくつかがそろって、
やっとひとつの“好き”になる。
私はそれを、分かっているつもりで、
ひとつ見落としていました。
「進まない」という形で、
ちゃんと教えてくれていたんですよね。
“何か違うよ”って。
ただ私が、
気づくのに少し時間がかかっただけで。
「ヤダ」と、
“ヤダじゃない”と、
ときどきカフェオレが進まないというヒント。
こうして並べてみると、
言葉は少なくても、
ちゃんと会話は成り立っているんだなと思います。
「これやる?」
「ヤダ」
「あ、じゃあやめとくね」
そんなやりとりをしながら、
ときどき“フルセット”を確認して、
たまに忘れて、
今日も私は、N君と話しています。
言葉は少ないけれど、
そのぶん、見逃さないように少しだけ必死です。
…とはいえ、やっぱりたまに忘れますけど。


